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【私のお気に入りシリーズ 】第3回 四戸世紀教授「カスパー・ダヴィット・フリードリヒ」

 

「私のお気に入り」を紹介するシリーズ。対象は、古今東西、ソフト・ハード、ミクロ・マクロを問わず、何らかの形で音楽に関わる事象すべて。さて何が飛び出すか?
3回目は器楽専攻 クラリネットの四戸世紀教授にお願いしました。

 
 

四戸世紀先生

 

『カスパー・ダヴィット・フリードリヒ』

 
 この写真は2010年にカメラータ・トウキョウより発売した私の「シューマン:夜曲集~ドイツ・ロマン派の光と影」というCDです。実は今回紹介するのは、CDの中身ではなくこのジャケットを描いたドイツ・ロマン派を代表する風景画家『カスパー・ダヴィット・フリードリヒ』です。
 彼は、ベートーヴェンや文豪ゲーテとほぼ同時期に生きた画家と言うと分かりやすいでしょうか。
  
 
 はじめて彼の絵に接したのは、まだ壁が壊れる前のベルリン。独特の緊張感が漂う冷戦のさなか、私が1974年から西ベルリンに住みはじめて10年くらい経ったある日のことでした。住まいから5分ほど歩いたシャルロッテンブルク宮殿内の一角にその絵はありました。フリードリヒの大作(ほんとうに大きい)「樫の森の中の修道院」という作品です。
 

 
 まず見て、びっくりしてショックを受けました。「えー、なに?不気味なこの絵は・・・」これが第一印象でした。
その後しばらくすると宮殿の右ウィングすべてがドイツ・ロマン派の美術館に改装され、そこでフリードリヒの多くの絵に出会いました。※
 当時は入場料もタダでしかも家の近く。毎週日曜日の散歩コースとなりました。
※ 現在はベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)の旧ナショナル・ギャラリーで見ることができます。
 
 
 とにかく彼の絵からはものすごいインスピレーションを受けました。
 例えば冒頭のCDのジャケットに使用したのは「海の月の出」という作品で、海面にいぶし銀のように映る月の光は、まさにドイツ管のクラリネットのもっているピアニッシモそのものです。この絵を見てからますますフリードリヒに惹かれました。

 
 フリードリヒは子どもの時に氷から落ちておぼれかけたのを兄に助けられ、しかしその兄が溺死するという辛い体験をしています。それ以降恐らく「死」が胸に残り、そこから解放されることはなかったのでしょう。彼の絵は「死」という人間精神の極限状況を表現しています。しかし音楽でも、極限を表現するということは多々あります。演奏していると自然に彼の絵が心に浮んできます。私にとっては音楽的な絵なのです。
 
 考えてみれば、私自身も中学の頃からブラームスの『交響曲第一番』を聴きこんだりして、内省的というかフリードリヒのメンタリテートと近いところがあって、共感できたのではないでしょうか。

 
 絵画についてはフリードリヒが出発点となって、帰国してからも美術館によく行くようになりました。中川一政が好きになり、文筆も達者な彼が10巻の著作集を出せば、それを買って読みました。そして中川を通じて彫刻家の石井鶴三を知り、また中川が好きなゴッホつながりで「ゴッホの手紙」から、日本を代表する文芸評論家の小林秀雄を知る・・・「お気に入り」は次から次に新たな「お気に入り」へと続いていくわけです。

 
 音楽を学ぶ若い人たちも、美術館に行くといいですね。インスピレーションがわき、音楽の表現も豊かになるはずです。

 

四戸 世紀(しのへ せいき)
 
東京藝術大学卒業後、ベルリンのカラヤン・アカデミーに留学。ベルリンフィル エキストラ要員を経て、北西ドイツフィル、ベルリン交響楽団ソロクラリネット奏者、読売日本交響楽団首席クラリネット奏者を歴任。サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団、草津夏季国際アカデミーに参加。ソリスト、室内楽奏者としての評価も高い。現在東京音楽大学教授
 

 
(広報課)