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【私のお気に入りシリーズ 】第6回 大谷 康子教授 『キエフ国立フィルハーモニー交響楽団』

 

「私のお気に入り」を紹介するシリーズ。対象は、古今東西、ソフト・ハード、ミクロ・マクロを問わず、何らかの形で音楽に関わる事象すべて。さて何が飛び出すか?
6回目はヴァイオリンの大谷康子教授にお願いしました。

 

 

大谷康子先生

 

『キエフ国立フィルハーモニー交響楽団』

 
 キエフ国立フィルハーモニー交響楽団とは2015年デビュー40周年の年に来日ツアーで青森・東京・名古屋でご一緒したのが最初です。
 私はいつも外国のオーケストラにはすぐに溶け込めるようで、そうするとオーケストラの方も打ち解けてきます。その時は特に相性がよかったからか最後の名古屋公演の時に団長のホセさんから「ウクライナに来て演奏しませんか」と言われました。まったく予想もしていませんでしたから、びっくりしました。
   
 
 キエフ国立フィルのメンバーは心の底から音楽が好きで、演奏が好きでたまらない。プロであっても自主的に分奏をしたり、こうした方がいいんじゃないかとメンバー同士で話し合ったりしていて、私はそれを見て何て真摯な人たちなんだろうと思いました。 
 
 ウクライナ人は開放的な南欧とは異なり、日本人に似ていてシャイなところがあります。それでも英語が達者なメンバーは、ウクライナのよさを写真を見せながら説明してくれたり、英語が上手くなくても私が会場入りするのをいつも待っていてくれる人がいたりと、フランクに接してくれます。
 
 音楽監督で指揮者のニコライ・ジャジューラさんは音楽をぞんぶんに歌わせるし、しかも精力的でどんな曲でも対応できるすばらしい方です。こんな出会いがあって、2017年5月にキエフの春音楽祭のオープニングコンサートに呼ばれ再び共演することになったのです。   
 
 キエフでは、本番の当日に舞台で民族衣装の美しい刺繍のブラウスをいただいたり、みんなが民族的な飾りとかタオルとかをプレゼントしてくれたりしました。
 
  
キエフ国立フィルハーモニー交響楽団

 
 ウクライナは日本と比べると決して経済的に豊かではありません。しかし心はものすごく豊かだなと思いました。伝統があるというのはもちろんで、例えば本拠地の国立ホールのロビーにはチャイコフスキーが訪れた時の写真が飾られていたり、D.オイストラフやリヒテルの演奏した写真もあったりしました。
 
 政治的にも経済的にも厳しい状況ですが、文化が守られているのです。
 
 現地に行って強烈にショックを受けたのは、町中、修道院の塀や広場の掲示板、道にも人たちの多くの写真が飾られて、そこにたたずんでいる人がいました。それらは戦死したり民主化運動で弾圧された人々の写真でした。   
 
 日本では考えられませんが、生活の近いところに戦争があります。クリミヤ危機、ウクライナ東部紛争は今でも続いていて、オーケストラのメンバーの親類も犠牲になったりしているそうです。
 
 しかしそのようなウクライナでは、毎日のようにコンサートやオペラが上演され、しかも客席は人々で満杯となります。演奏会を楽しむためにおしゃれをしてきたり・・・そんな様子は日本では考えられません。彼らにとって音楽は日常であって、いやそれ以上に楽しみであり生きるための糧なのです。 

 
 そうした伝統が長くあり、それらの地域から優れた音楽家が育ち、音楽を愛する人々がいる。みんなの中に普通にクラシックがあり、それは特別なことではありません。音楽だけでなく美術などを含めた「文化」といってもいいでしょう。
 
 クラシック音楽について日本もだいぶ変わってきました。しかしどうしても仕方ないのは明治期に西洋音楽が「音楽取調掛」をとおして導入され、「音楽」は「音学」となってしまったことです。演奏会は観客に「心」を届けるものではなくて、研究・研鑽の発表の場になってしまいました。
 
 東京音楽大学が中目黒・代官山に新キャンパスを開校し、地域の人たちにキャンパスをできるだけ開放するというのは、いいチャンスです。どんどん開放して音楽の力を発信していければいいですね。コアな音楽愛好家だけではなく、広く多くの方々に、そしてジャンルもクラシックに限ることなく、例えばジャズや映画音楽・・・ほんとうにいい音楽があるのです。日本社会が音楽に対し、そして文化に対して変わっていければと常日頃思っています。
 
 私は8歳の時にアメリカへ演奏しに行き、今から思えば音楽には国境がない、主義主張や政治なども飛び越える力があるということを身をもって体験することができました。
 
 そんな意味からもキエフの方々と深く交流ができて、その後彼らが日本に来た時は共演し、私もキエフに出向いていく、こうした関係が続いています。ただ単に「あの人はいい人だ」とかいうことではなく、また音楽事務所の思惑でもなく、音楽的な信頼関係がなければ続きません。
 
 本学の学生たちも、心からお互いに音楽で結びつくことができるような演奏家になってほしいと思っています。
 
 

©尾形正茂 / ©Masashige Ogata

大谷 康子 (おおたに やすこ)
 2020年にデビュー45周年。これまで国内外のオーケストラと多数共演。キエフ国立フィルとは2015年以降毎年共演が続いている。著書に「ヴァイオリニスト 今日も走る!」(KADOKAWA)。BSテレ東「おんがく交差点」で司会・演奏を務める。CDも多数。文化庁「芸術祭大賞」受賞。使用楽器はピエトロ・グァルネリ(1708年製)、ストラディヴァリウス「ウィルヘルミ」(日本音楽財団より貸与。1725年製)。被災地への訪問演奏も積極的に行っている。東京音楽大学教授。(財)練馬区文化振興協会理事長。
 
 
 
(広報課)