さまざまな観点から音楽を考察する「音楽学」。新シリーズ「音楽学のススメ」では4名の専任教員に執筆を依頼しました。皆さんの音楽学習に役立つおもしろい「ネタ」を発信していただけることでしょう。
高校生の頃、音大に行ったら好きな音楽を好きなだけ聴けると思っていました。実際に大学に入って、西洋音楽史の講義を受けはじめて本当に戸惑いました。まず、J.S.バッハよりもずっと前にもたくさん音楽があって、聞いたこともない作曲家たちの音楽が、壮大な絵巻のように目前に差し出されました。グレゴリオ聖歌は少し知ってはいましたが、講義が進むにつれて次第に目が回ってきました。あまりにも自分の知っている西洋音楽の世界と違いすぎたからです。モーツァルトやベートーヴェン、ヴェルディやプッチーニなど、古典派やロマン派の音楽だけで充分満たされていたので、それ以外の西洋音楽は未知の世界でした。最近は情報がふんだんにある時代ですから、グレゴリオ聖歌のことを授業で扱っても、学生の皆さんはそれほど抵抗なく受け入れてくれるようですが、私にとって授業で教わる中世やルネサンスの音楽は耳慣れないものでした。現在でも西洋音楽史の前半は、ちょっと近づき難いという学生さんの声を聞くことがあります。私自身学生の頃、授業についていくのが大変だったので、そのような学生さんの思いは身に覚えがあります。
そのような私が、抵抗なく西洋音楽史を受け入れることができるようになったきっかけは、リュートという楽器に出会ったことでした。リュートはルネサンス、バロック時代に活躍した撥弦楽器(ギターのように弦を弾いて音を出す楽器)です。最初はその繊細な響きに魅せられて、いつまでも聴いていたいような気持ちになりました。この楽器のことを知りたくて、(当時はレコードで)聴いていくうちに、この楽器が活躍していた16世紀ルネサンス時代の音楽が好きになっていきました。当時はシャンソンや踊りの曲が多く、とても楽しく聴いていたのですが、こうしたルネサンスの音楽が、次のバロック時代になってさらに発展していく様子がわかってくると、西洋音楽の生きた流れが感じられてきました。西洋音楽はずっと続いていて発展してきたのです。このような当たり前のことに気づいて、ようやく西洋音楽の歴史を「まじめに」勉強するようになっていきました。(続く)
【坂崎則子教授プロフィール】
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。東京藝術大学大学院音楽研究科音楽学修了。西洋音楽史、美術史、ドイツリート、リュート音楽などを研究しています。本学副学長、付属図書館長などを歴任。