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【私のお気に入りシリーズ 】第8回 野口 芳久教授 『落語』を掲載しました

 

「私のお気に入り」を紹介するシリーズ。対象は、古今東西、ソフト・ハード、ミクロ・マクロを問わず、何らかの形で音楽に関わる事象すべて。さて何が飛び出すか?
8回目は指揮の野口芳久教授からの署名原稿をお届けします。

 
 

野口芳久先生

 

『落語』

 

 ほほをつたわる一筋の涙、周りの席からも、洟をすする音。静寂の中で一人語る演者。
 親子の情愛を細やかな語りの中に込め、その世界に引き込む日本の話芸、『落語』。「開口一番」、「食いつき」、「ヒザ替わり」。「出囃子」で高座に上がり、耳に心地良い声質、話しが始まった途端に我々を惹きつける「マクラ」、これに少し関係させていよいよ本来の演目。一人で二役の会話を成り立たせ、時に三人、四人、そして五人以上の人物を、話し方一つ、顔の向きを上下(かみしも)に振ることで演じ分ける。連れて行く時代は今なのか少し前の昭和か、はたまた江戸時代か。目の前には八っつぁん、熊さん、ご隠居さん、与太郎に太鼓持ち、大家さんに貧乏人、甲斐性のないオヤジと賢いそのカミさん。まさにその場に居合わせるように引き込み、その気にさせ、展開する世界に引き込んでいく話芸。「サゲ」で大いに笑わせ、拍手の中楽屋へ引っ込む。私はどんな演目も好きだが、人情噺は特にいい。時代を超えて変わらぬ親子の情、これに何度泣かされたことか…。NHKの東京落語会の会員だった40年間、通い続けているうちに、落語の楽しみはその話の筋にあるのではなく、どんな間(ま)でどう噺に乗せるかが正に「話芸」、芸術の『芸』と知る。

 

 さて、『落語』の噺はほとんど「起承転結」の定型に従っており、四楽章から成る交響曲の構成に通じ、演奏会でお客様に何を思ってもらうのか、どこに連れて行くのかとも同じであり、更に大学で授業を聴く学生に何を問題にして何を考えさせるのかにも通じるもので、私の日常のいろいろな場面でも活かすことが出来た。音楽家である私のお気に入りは、勿論モーツァルトにベートーヴェンそしてブラームスの交響曲、チェリビダッケにバーンスタインの演奏、映画監督では野村芳太郎にアンジェイ・ワイダ、そして山田洋次。作家の松本清張に…とあまたあれど、「落語」の娯しみは捨てがたい。人生で大事だと思うユーモア、遊び心、演奏に通じる間や流れ…、「落語」から学んだことはいっぱいある。時の流れは世の定め、残念なことにこれらあらゆる分野の『巨星』は消えていくがそれは仕方がない事。願わくはこの目で、この耳で、もう一度名人芸に出会いたい。

 
(令和3年 春分の日 野口記)(イラスト 野口蓮)

 

 
野口 芳久(のぐち よしひさ)
本学教授。千葉県立木更津高等学校を経て東京音楽大学に入学。作曲・指揮専攻(指揮)の第一期生。指揮を三石精一、F.エッゲーマン、作曲・理論を南弘明、大場善一、ピアノを尾田綾子、高田義恵、チェロを清水勝雄、馬場省一の諸氏に師事。平成14年度、私学研究員として東京藝術大学及び大学院にて一年間研修。(公財)君津市民文化ホール理事長、全日本リード合奏連盟理事長、全日本ハーモニカ連盟相談役、(NPO法人)すみれ会音楽コンクール審査員(アンサンブル部門)。