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【音楽学のススメ】第8回 村田千尋教授「青頭巾ちゃん」を掲載しました

第8回 村田千尋教授
 

「青頭巾ちゃん」
 

さまざまな観点から音楽を考察する「音楽学」。新シリーズ「音楽学のススメ」では4名の専任教員に執筆を依頼しました。皆さんの音楽学習に役立つおもしろい「ネタ」を発信していただけることでしょう。

 

あなたのお名前は?

 

ピーター・ウェーバー監督の『真珠の耳飾りの少女』(2003)をご存じですか?主演のスカーレット・ヨハンソンの清楚な姿も特筆ものですが、とにかく映像が美しい。空に浮かぶ雲にも微妙な色合いの違いを見出し、それを描いていく(DVD: ZMBY-1880)。

 

この映画はイギリスの作家トレーシー・シュヴァリエの同名の小説に基づいていて、日本では木下哲夫による訳が白水社から出版されています。映画もすばらしいのですが、小説における色の描写はもっとすばらしい。そして木下の訳がこれまた見事。

 

粗筋を紹介しましょう。

 

17世紀オランダに実在する画家、ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer (1632-75)の家に若い娘が女中奉公に住み込むことになる。彼女はすぐれた色彩感覚をもち、それに気付いた画家は、絵の具の調合を手伝わせるなど目を掛けるのだが、それが画家夫人の嫉妬を買ってしまう。画家は娘を絵のモデルとし、小道具に妻が大切にしていた真珠の首飾りを貸し与える。それを見た画家夫人は…。

 

もちろんこれはフィクションですが絵は実在し、デン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館に飾られています(挿図)。さてその題名は?昔は『青いターバンの娘』と呼ぶことが多かったのですが(僕は「青頭巾ちゃん」と呼んでいます)、小説と映画以来、『真珠の耳飾りの少女』が流通していますね。実はいずれも、画家自身が付けた名前ではなく、後世の呼び名に過ぎないのです。我々は芸術作品には題名があると思い込んでいますが、必ずしもそうではなかった。だから、どちらが正しいかという問題ではないのですが、僕は『青い…』の方がよりふさわしい呼び名だと考えています。

 

▲ Johannes Vermeer, Girl with a Pearl Earring, c. 1665. Mauritshuis, The Hague.
 ≫Mauritshuis​ Koninklijk Kabinet van Schilderijen Royal Picture Gallery

 

フェルメールはラピスラズリという青色の絵の具を用いることで有名です。この絵の具はアフガニスタン付近だけで採掘される宝石を擂り潰して作るので(映画にもその場面が描かれています)とても高価であり、昔から、マリア様を象徴する色と考えられていました。ところがフェルメールは貧しい娘の頭巾にこの絵の具を用い、それどころか、服の陰を表す下塗りにさえ使ってしまう。よほどこの色が好きだったのでしょう。これを知ると、単に絵の見かけを表しているだけの『真珠の…』よりも、フェルメールの特質に触れている『青い…』の方が望ましいと考えたくなります。もちろん、小説と映画は『真珠の…』でなければなりませんが。

 

このように、背景として歴史的な位置付けを考慮に入れると、ものの見え方が変わり、呼び名さえ変わってしまうものなのです。

 

(芸術作品の「題名」がいつ頃から用いられ、どのような役割をもっていたかということについては、拙稿「題名の社会史 -芸術作品と題名の機能-」『北海道教育大学紀要 人文科学・社会科学編』第56巻(2006)第2号 pp.103-117をご覧ください)

 

【村田千尋教授プロフィール】
本学音楽学主任教授。東京大学文学部美学科、国立音楽大学大学院音楽学専攻で学び、弘前大学教育学部専任講師、北海道教育大学札幌校教授を経て現職。シューベルト、ライヒャルトを中心に、18・19世紀のドイツ・リートを研究すると共に音楽社会史、環境美学、近代日本音楽教育史などにも関心をもち、さらに、カリキュラムを構築する責任者として、大学における音楽の勉強方法、教育のあり方の研究にも長年携わってきました。