2020.08.12
「私のお気に入り」を紹介するシリーズ。対象は、古今東西、ソフト・ハード、ミクロ・マクロを問わず音楽に関わる事象すべて。さて何が飛び出すか?
初回は今年度新たにスタートした音楽文化教育専攻の主任教授、渡辺裕先生にお願いしました。
「ソノシート」というものを覚えておられるだろうか。塩化ビニールで作られたペラペラなレコード、などと言っても、もはやレコードですら過去のものになってしまった今の学生の方々などには全く話が通じないかもしれない。
商品として売られていたものばかりでなく、本の付録とか、デパートの開店記念、観光バスの乗車記念の景品など、いろいろな形で広がっていたから、一定の年代以上の方であれば、幼少時のさまざまな記憶とともになつかしく思い出されることも多かろう。
その一方で、この「ソノシート」という語の響きには、どこか本格的なものではない「B級」のイメージがつきまとっている。オーディオの歴史が語られる際にも、ほとんどとりあげられることはなかった。確かにメカニズム自体はレコードと同じで、音質的には劣るとなれば、「本格的」なレコードの代替品や廉価版といった位置づけにしかならないに決まっている。だが、この「B級」メディア、昭和の文化史の中では、なかなか隅に置けない役割を果たしてきたのである。
ソノシートというと、1970年代くらいからは、もっぱらアニメソングなどのメディアとして生き残ったから、そういうイメージが強いかもしれないが、1950年代末から60年代はじめあたりの、登場したばかりの最初期の様子をみると、「音の出る本」、「音の出る雑誌」などと呼ばれてずいぶんと脚光を浴び、さまざまな可能性が追求されている。
その頃に出たタイトルをあらためて見てみると、『話し方読本』、『茶の間で学ぶ道路交通法』、中には『痛くないお産』などというのもある。これは雑誌『婦人生活』の企画で作られたもので、無痛分娩についての医師の講義やその訓練のための体操、お産の状況の模擬実況中継(!)などが収録されている。
ソノシートは、レコード会社ではなく出版社によって、活字や写真などと併用したマルチメディア的な企画として作られることが多く、それは出版社にとって、従来の活字の出版物にない可能性をひらくものであるとともに、レコードというメディアの側から考えてみると、レコード会社ではなかなか考えつかないような斬新な使い方が開発される結果にもなった。
そういう目でみると、クラシック系のソノシートにも、単なる「廉価版」と片付けられない一味違った世界が切り開かれてきた面があることが見てとれよう。初期のソノシート界をリードした雑誌『朝日ソノラマ』が1961年に出し、一大ベストセラーとなった《バイエル全曲模範演奏》(ピアノ・豊増昇)は、あのピアノ練習曲バイエルの全106曲を上下2巻、16枚のソノシートに収録したものだが、当時、『朝日ソノラマ』の社屋の屋上から宣伝の垂れ幕がするすると下りるのを見ていた東芝レコードのディレクターが「やられた!」と唸ったというエピソードが証しているように、名曲、名演のレコードを作ることしか考えていなかった当時のレコード業界の固定観念の間隙をついたゲリラ的な「隙間産業」と言ってもよいようなものだった。
そういうことが可能になったというのも、ソノシートが、レコード会社とは全く違う文化的基盤をもった新聞社・出版社系の業界で育まれてきた経緯ゆえのことだろう。
筑摩書房が1960年から刊行をはじめた『世界音楽全集』と題された全20巻のシリーズ(他に別巻5巻、各巻ソノシート4枚。後に全40巻に拡張している)もおもしろい。百科事典や文学全集、美術全集といった類のものが盛んにつくられた時代である。その一環としてこの音楽全集もまた、居間に飾られ、教養ある家庭を演出する小道具として大いに働いた。注目すべきは、すべてが日本人演奏家による新録音であるということだ。
▲ 筑摩書房『世界音楽全集』
藤原義江のような大ベテランから、当時まだ20歳だったヴァイオリニスト広瀬悦子のような若手まで、総出で取り組んでおり、中には野辺地勝久(ピアノ)、諏訪根自子(ヴァイオリン)など、当時すでに懐かしい名前になっていた人も見受けられる。この中にしか残されていない貴重な演奏も多く、この時期の日本人演奏家の存在感の大きさにあらためて驚かされる。
渡辺 裕(わたなべ ひろし)
本学教授(音楽文化教育専攻)、東京大学名誉教授。狭義の「音楽」だけでなく、音や聴覚の文化全般に関心をもち、音と社会との関係を幅広く研究している。主な著書に『聴衆の誕生』(中公文庫)、『歌う国民』(中公新書)、『サウンドとメディアの文化資源学』(春秋社)、『感性文化論』(春秋社)ほか。
(広報課)
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