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【卒業生インタビューシリーズ~TCMの先輩たちの今】第7回 大澤よしこさんを掲載しました

大澤 よしこさん

童謡歌手 すがも児童合唱団主宰・指導 豊島区国際アート・カルチャー特命大使/SDGs特命大使

声楽専攻1992年卒業 東京音楽大学付属高等学校卒業

  

手話を取り入れた手話歌を特色とする「すがも児童合唱団」を率いるのは、本学声楽専攻卒業生の大澤よしこさん。卒業とともに愛する地元巣鴨で児童合唱団を設立。以来29年間、さまざまな工夫をこらしながら、歌の指導にまい進してきました。

 
- たくさんの肩書きをもつ大澤さんの活動内容を教えてください。
 

「すがも児童合唱団」、「童謡を歌う会」、「マミー音楽教室」が私の3本柱です。ほかにも、豊島区の「区民ひろば」では、「歌声ひろば」や「ママと赤ちゃんの童謡リトミック」、シルバーさんを対象とした「ハンドベル教室」などの講師をしています。
自分ができる引き出しを全部広げて、さあ、どれがいいですか?という感じです(笑)

 

- たくさんの引き出しを期待して、まずは音楽をはじめたきっかけからお話を聞いてみたいと思います。よろしくお願いします。
 

おばあちゃんが小唄をやっていたんです。お稽古についていき、レッスンしている横でひと言もしゃべらずに正座して聴いていたら、唄っている曲を全部覚えて、自分でも唄えるようになりました。ふすまの向こうにひとりで正座して、おばあちゃんのお友だちを前に小唄を唄うなんていうコンサートをよくやりましたね。日本舞踊も好きだったけど、習わせてもらえなかったので、公園のそばにある坂東流の先生のおうちでやる日舞のお稽古をよく塀から覗いていました(笑)。そんな感じの歌も踊りも大好きな子でした。

 
- 和ですね!その後、どうやって声楽の世界に?
 

幼稚園から小学校5年生までピアノを習い、中学受験のために一旦辞めることに。幸か不幸か、受験に落ちてしまったため普通の中学に上がり、さてピアノを再開しようかと思って先生のところを訪れたら「歌を歌わない?」と言われたんです。先生は声楽出身の方だったと後から知りました。
そんなわけで教科書の副教材に載っている合唱曲をテキストにして歌ったり、コールユーブンゲンもはじめたりして、やっているうちにどんどんおもしろくなっていきました。特に印象的だったのは、地元の歌の先生の教室で、発表会になると毎年とても素敵な歌を歌うお姉さんがいらして「このお姉さんのようになりたい!」と思ったことです。それが本格的に歌の勉強をはじめたきっかけとなりました。ちなみにその方は、東京音楽大学に入学されました。

 

- 導かれるように歌の世界に入ったのですね。東京音大とのご縁は付属高校からでしたね?
 

はい。東敦子先生が憧れで。東京音大で教えていらっしゃるということで、中学2年の時に付属高校の夏期受験講習会に参加しました。知り合いが誰もいなく、学校がつけてくださった先生が高橋啓三先生でした。それまでに聴音も楽典もたいして勉強していなく、東京音大は無理かなと思ったのですが、なんとか入学することができました。
 

- 入学してからは?

 

当時、実技試験の点数でシビアにクラス分けされていて、私は真ん中の2組。本当はオペラ歌手になりたかったのですが、自分より上手い子が1組にはたくさんいて、私はオペラじゃないんだってわかりました。大学生になってから啓三先生がソリストとして大変忙しくなり、水野賢司先生のレッスンも受けられるようになりました。レッスンでは童謡もみてくださるんですよ。それが本当にうれしくて楽しくて!いつもワクワクしながらレッスンに行っていました。そしてもっと本格的に童謡をやりたいと思うようになりました。
 

- オペラから童謡ですか?
 

はい。大学在学中に、全国童謡歌唱コンクールをがんばって受け続けて、最終的に卒業してすぐの年に第7回全国童謡歌唱コンクール大人部門で銀賞をいただくことができ、歌のお姉さんとしての道を歩みはじめました。

 
- 童謡の魅力はなんですか?
 

親子の愛、動物の愛、移ろいゆく季節…なにもかもが入っている宝箱みたいなものかな。わかりやすいメロディなんです。口ずさんでいるとウキウキして飛び跳ねたくなる(笑)。どんな赤ちゃんに聞かせても楽しそうに足をバタバタさせる、魔法の歌なんだと思います!

 

- 在学中は童謡一色だったんですか?

 
いいえ。先輩に井上勢津さんという方がいらして、その方に声をかけてもらって、コロムビアレコードでの合唱教材の模範演奏をレコーディングするという生まれてはじめて音楽でお仕事をする機会をいただきました。仲間を集めて「合唱団TOKIO」をつくって、ひと夏で数十曲のレコーディングをしたんです。和楽器にも興味があったので、邦楽演奏コースでお箏と地唄三味線を4年間習ったり。あと、音大生のためのエレクトーン教室にも通ってコードを真剣に勉強して、憧れの芸能界のオーディションもたくさん受けました。バイトも大好きなスキーもやった。やりたいことは、とにかく全部やりました。

 
- 盛りだくさんですね!そして卒業と同時に、すがも児童合唱団を設立ですか?
 

ちょうど卒業する年に、巣鴨地域文化創造館が開館するというので、子どもも童謡も大好きな私は、地元巣鴨で児童合唱団をぜひつくりたいと思いました。「広報としま」に毎月募集案内を載せて、手作りのチラシを小学校の前で配らせてもらいました。最初に集まったのはピアノを習いに来ていた子や親戚の子を入れて5人。そこからすがも児童合唱団はスタートしました。
 

- あれから29年。巣鴨地域でたくさんの卒団生を抱えていらっしゃいますね?
 

はい、来年はいよいよ設立30周年を迎えます。巣鴨近辺に教え子がたくさんいて、クリスマスコンサートや発表会の時期になると、卒団生がみんなお手伝いに来てくれます。昔卒団した子たちがお母さんになり、その子の子どもたち、つまり孫弟子も特別団員としてその時期に一緒に歌います。本当に恵まれているなあと思います。

 

 
- 振り返って、どんな道のりでしたか?

 
初期の子どもたちが大きくなり、全員そろって中学生になる時期がありました。このままいけば、「児童合唱団」と名乗るにはさすがに厳しく、もうおしまいかなと思ったんです。そんな時に主人から、「ひとりになるまで、がんばってみたら?」と言われ、謝礼よりも来ていただくこと、来てもらって児童合唱団を続けたい、そんな気持ちになりました。
そこではじめたのが、放課後の児童を預かるファミリーサポートの代わりとしての活動。学童が終わってから19時まで、お母さんたちのお迎えが来るまでの間、子どもたちを預かって歌を歌う。それがお母さんたちとのニーズが合致して、合唱団は新しいメンバーを迎えてがらりと変わり、児童合唱団がまたはじまりました。

 
- 発想の転換ですね。すがも児童合唱団は元気な子どもたちにお仕事のオファーがたくさん来るそうですね?
 

10年経ったくらいから、CD制作のほか収録のお仕事が入るようになりましたね。CMのオーディションにひとつ受かると、その後ほかの会社の方からもさまざまなオファーが来るようになりました。カラオケのガイドボーカルとか。ラップや演歌の録音、映画の挿入歌もありました。これまでにたくさんのアーティストの方々とも関わらせていただきました。
最近では、五木ひろしさんのYouTubeにもアップしていただきました。最初はレコーディングだけかと思っていましたが、ぜひ子どもたちの映像と共に一曲丸々歌ってほしいとリクエストいただきました。大変立派なホールでの撮影や収録とあって、子どもたちはウキウキしていました。本当にいい経験となりました。(すがも児童合唱団のYouTubeチャンネルで「日本に生まれてよかった」ぜひご覧ください)
 

 
- すがも児童合唱団では、みなさん手話付きで歌いますよね。それはどうしてですか?
 

実家の真裏に都立大塚ろう学校があるんです。校舎に入ったことはなかったのですが、小さい時から興味をもっていました。大学を卒業して長女を出産する寸前まで、2年程豊島区の手話講座に通い学びました。結婚する時に主人が、「いつか君も大人になる」という曲を作ってくれたのですが、この曲に手話をつけて児童合唱団で歌いたい!と思い、この講座の黄田先生に手話をつけていただき、最初の手話歌ができました。そののちに巣鴨地域文化創造館に手話歌のサークルができたと知って、また通いはじめました。講師でデフダンサーの高木里華先生の手話パフォーマンスが泣けるほどすばらしく、それから「手話歌」に対する興味がどんどん大きくなっていきました。里華先生にはプライベートでも手話をたくさん教えていただきました。
今では、自分でも歌詞に手話をつけられるようになって、いつも子どもたちのやりやすさを考えながら、いろんな手話をつけています。

 

 
- 歌声もとてもきれいですが、子どもたちの手話表現もとてもいいですね!
 

子どもたちはみんなとても興味をもって手話歌に取り組んでくれています。最近は、音楽の教科書にも手話が掲載されるようになって、学校の先生たちも関心をもってくださっています。幼稚園や小学校の授業の中で児童合唱団の子どもたちが手話をやってみせると、クラス中のお友だちから教えてほしいと言われるそうです。
私が動くところは、とにかく全部手話歌がついて回ります(笑)。コンサートでもとても好評なので、これからももっと広まったらいいなと思います。

 

- おばあちゃんたちにも教えていらっしゃるのですね?

 
豊島区の駒込地域文化創造館から区民講座の講師を頼まれ、平成7年からサークルとなったシルバー合唱団「童謡を歌う会」を教えています。シルバーの皆さんにとっては、手話歌は脳トレにもなり、歌の表現もよくなりとてもいい効果があります。
「童謡百人一首」なるものも仲間と共につくりましたよ。脳トレにも、お子さんやお孫さんとのコミュニケーションにも最高です。興味ある方はぜひ調べてみてください。

 
- 巣鴨のみなさんは元気ですね!
 

はい、巣鴨のカラーですね。子どもからおばあちゃんまで、とにかく元気!おしゃべりでニコニコ楽しそうで。「笑顔が見える歌声」と言われますが、まさにそのとおりだと思います。


▲ 巣鴨と言えば、元気印の赤いパンツ。大澤さんは芸能界の方にお土産としても渡しているとか。
 
- 子どもからお年寄りの方、芸能界の方…大澤さんは音楽をとおしてたくさんの方とつながりをもてましたね。
 

はい、たくさん知り合いがいます。たとえば、オペラと童謡は全然違う世界のように見えても、関わってみるとかなりの部分でつながっていたりします。思わぬところで知り合いがいることも多く、音楽の世界でみんなつながっていることを実感できます。
 

- 最後に東京音大の後輩たちにメッセージをお願いします!

 
仕事でつながっていたり、応援してくれる人の多くは高校と大学の友だちや先輩、後輩です。4年間という時間のなかで、音楽のことをあんなたくさんやれたのはあの時だけだったなあと思います。貴重な4年間に、専攻の勉強はもちろん、それ以外のことも、音楽以外のことも、ぜひいろいろなことにチャレンジしてみてください。勉強もバイトも趣味も、その時にできることをフル活動でがんばって!

 
- 取材は、大澤さんの愛する地元巣鴨にて行われ、延べ3時間を超えるロングインタビューとなりました。「音楽は自分の人生の隣にあるもの」と話す大澤さん。歌と巣鴨愛が全身からほとばしっていました。これからも音楽でたくさんの人を笑顔にしていただきたいと思います。ありがとうございました。
 

(広報課)