2025.03.25
東京都交響楽団 ティンパニ&打楽器奏者
2022年 器楽専攻打楽器 卒業
鹿児島県立松陽高等学校卒業
2024年8月、東京都交響楽団の打楽器奏者として正式に入団した幸多俊さん。小学4年生のときにオーケストラと出会って以来、プロのオーケストラ奏者になることを夢に、道を歩んできました。東京音楽大学で音楽の解釈や表現の大切さを学んだ日々や、都響入団に至るまでの経験、プロの現場で改めて実感したこと、そしてこれからの目標について伺いました。
― 東京都交響楽団(以下、都響)に入団が決まったときの心境を教えてください。
絶対に受かりたい気持ちでオーディションを受けたものの、「まさか自分が残れるとは」というのが正直な気持ちでした。卒業後に受けたオーケストラのオーディションは3回、それがすべてふるわなかった。都響は僕にとって憧れのオーケストラだったので、これまで以上に熱も入り、オーディションの過程からずっと緊張していました。さらに、オーケストラに入団するためには、ただ演奏が上手ければオーディションに合格するというものではなく、オーケストラの中でどう機能するかが大事なんです。だから最後まで結果は読めなかったですね。
― 入団までの道のりは厳しいと聞きますが、どのようなプロセスだったのでしょうか?
まずビデオ審査があり、そこを通過しないと一次試験にたどり着けません。多数のビデオ審査への応募から20数人に絞られ、対面の一次試験ではスネア、シンバル、バスドラム、タンブリン、トライアングル、シロフォン、グロッケンと、さまざまな打楽器を演奏します。しかもどの曲を弾くかは当日指定されるので、すべて準備しておかなければならない。その後一次試験を通過したのは20数人中、私を含めて3人だったんですが、そこから約半年、都響の定期演奏会にエキストラとして参加しながら審査が続きました。その後、最終的に二次試験を受けて、さらに試用期間を経て、応募から約一年半後、ようやく正式入団となりました。入団が決まった時はうれしさもありましたが、『ここからが本番だな』という気持ちのほうが強かったですね。プロのオケでやっていくには、演奏技術だけでなく音楽の解釈やアンサンブルの中での役割がとても大事。都響に入ってからも、まだまだ学ぶことばかりです。
- 幸多さんは小学生の段階で既に『オーケストラに入団する』と決意していたそうですね。自身の音楽のルーツと、東京音大へ進学したきっかけを教えていただけますか?
私の家族はみんな楽器を演奏する一家で、父がサクソフォン、母がピアノ、姉もサクソフォンやフルートをやっていました。出身は鹿児島県の徳之島なんですが、叔父も和太鼓やドラムを叩いており、イベントなどで演奏するのを見て『やってみたい!』と思ったのが打楽器との最初の出会いです。それから牛乳パックや空き缶などで即席のドラムセットを作って遊んでいました(笑)。が、5歳の誕生日に父がドラムセットを買ってくれて。島には音楽教室がなかったので、ライブハウスでドラムを叩いている方に教わったり、叔父に習ったりして、基本的な8ビートを身につけました。
▲小学校1年
そののち、小学校4年生の時に鹿児島のMBCユースオーケストラに入団したことがクラシックとの本格的な出会い。さらに学校の金管バンドにも入り、それまではドラム中心でしたがいろいろな打楽器を触るようになり、ティンパニに興味を持ちました。『オーケストラの打楽器奏者になりたい』という夢を抱いたのは小6くらいですね。
高校は音楽科のある学校へ入学しました。大学へと進む進路を考えていた際に、高校に東京音大の先生がレッスンに来てくれる機会があったんです。東京音大への進学を決めたのは、その体験が大きかったですね。指導してくださったのは久保昌一先生で、私が憧れていたNHK交響楽団のティンパニ奏者。『この先生に学びたい!』と思い、東京音大に進学を決めました。
▲久保先生が高校にレッスンに来て下さった時の写真(高校3年)
- 東京音楽大学での学びで一番印象に残っていることは?
やはり久保先生のレッスンですね。楽譜をただ演奏するのではなく、作曲家の意図や歴史的背景まで深く理解することを教わりました。たとえば、オーケストラでよく使われる銅羅(tam-tam)という楽器、これはオペラや交響曲では『死』を意味することが多い。ですから、単に音を出すのではなく、『この曲ではどのような死を表しているのか?』までを考えて演奏しています。実際に都響で演奏している際、『この場面で銅羅が鳴るのは、物語のどんな瞬間なのか?』と思いを巡らせています。先生方からご指導いただいた4年間の濃密な学びが、現場だとこのように生きるんだ、ということを実感することばかりです。
▲卒業試験にて、久保先生と。
― 現場でなお生きる、質の高い学びを吸収した4年間だったのですね。ほかに、今だからこそ気づく東京音大のよさはありますか?
東京音楽大学の魅力は、何といっても現場を知る先生方から直接指導を受けられること。プロのオーケストラに入るには実践的な知識が不可欠ですが、その経験がない人からは教わりきれない部分もあります。その点、東京音大では実際に第一線で演奏している先生方が、今のオーケストラの傾向や指揮者の特徴など、時代とともに変わりゆくタイムリーな情報も交えて教えてくださいます。さらに、楽譜の解釈や演奏技術だけでなく、オーケストラ内での立ち振る舞いなど、現場で即活かせる知識もたくさん吸収できる。また、オーケストラの世界を深く知る先生方から、過去の偉大な演奏家から受け継がれてきた考え方や演奏法を学べるのも魅力のひとつだと感じます。私が師事していたもう1人の先生、菅原淳先生は、ハチャトゥリアンやチェリビダッケといった、歴史に名を残す名指揮者の指示を直接聞いてこられた方。そうした経験や知識を間近で学べたことは、今の自分にとっても大きな財産になっています。
― 大学時代には挫折もあったと聞きましたが…。
はい、ありました。私は特待生で入学したのですが、一度その資格を失ったことがあります。同期に負けたのがすごく悔しくて…。正直、同期や先輩と顔を合わせるのが嫌だった時期もありましたが、そのタイミングでちょうどコロナ禍になり、学校に行かなくて済む状況にほっとしている自分もいました(笑)。しかし、悶々と自問自答しているうちに、やはり心の底から音楽を好きなことにも気づいた。自分に足りない部分を見つめ直して、大学4年に上がる試験でもう一度特待生に復帰しました。学外のホールで演奏会を行う「Sオーケストラ」の乗り番が決まるこのタイミングで成績1位を取らないと、ティンパニを演奏することはできない。それは本当に後悔すると思ったので、これまで以上の集中力で臨みました。
▲大学4年次
― 卒業後、TCMオーケストラ・アカデミー(オケアカ)にも参加されていましたね。
そうですね。ただ、私がいたのはオケアカが発足したばかりの時期で、まだ組織としての形が定まっていない段階でした。ですから現在のオケアカとはだいぶ違う環境だったと思います。指揮者不在の期間もあったり、実際に参加できる演奏会の回数も少なかったですね。しかしながら得ることも多かったと感じています。オケアカの一番の魅力は、少人数でしっかり指導を受けられること。試行錯誤の時代を経て今は非常にしっかりしたアカデミーになっていると聞きますし、貴重な経験が積める場所だと思います。実際、都響入団後の今でもオケアカの演奏会が開催されるたびに聴きに行っていますが、毎回とてもレベルアップしており、私自身刺激を受けています。
与えられた環境でしっかり努力し、目の前のことに集中することは、さらに次の成果にもつながっていくのではないでしょうか。実は、私自身もオケアカ在籍中にいくつかのプロオーケストラでエキストラとして演奏する機会がありました。どんな現場でも全力で取り組むことを意識してきた結果、その姿勢を評価していただき、別のオーケストラからも声をかけていただいた。本気で取り組むことは、自分の成長につながるだけでなく、新たなチャンスの扉を開く鍵になるのだと実感しています。
― これまでのさまざまな経験を経て、現在の幸多さんの音楽に対する考え方が形作られてきたように思います。今後はどのような音楽性を目指していきたいと思いますか?
『ただ譜面通りに演奏すればいいというものではない』ということを日々考え、突きつめています。『なにを伝えたいのか?』を考えて演奏することが、非常に大切なこと。技術がいくらあっても、そこがないと『誰が演奏しても同じ』になってしまう。都響の先輩たちも音楽に対する解釈が深く、それぞれの音に意味を持たせていると感じます。私もそういう演奏ができるようになりたいですね。今はまだ経験不足な部分もあるので、さらに勉強しながら都響でしっかり演奏していきたいです。そして、私が大学時代に学んだことを次の世代にも伝えていけたらいいなと思っています。
▲プロになってから、菅原先生と。
― 最後に、後輩へメッセージをお願いします。
音楽はただ技術を磨くだけではなく、作曲者やその時代背景にあった解釈を考えることも重要です。そのために、コンサートに足を運ぶことはとても大事。学生のうちは、割引や招待など、オーケストラの演奏をお得に聴ける特典もありますし、せっかくの機会を活かしてほしいです。生で聴く音楽は、音の響きや演奏者の熱量がダイレクトに伝わってきて、録音では得られない学びがありますし、プロの演奏を聴くと気づきがあり自分の中の音楽の幅が広がります。ぜひ、学生のうちに、たくさんのオーケストラやアンサンブルを生で聴いて、音楽を体感してほしいなと思います。
― 貴重なお話をありがとうございました。応援しております。
(広報課)
参考ページ