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【コンクール受賞者インタビューシリーズ】第1回 藤田真央さん

藤田真央さん

(ピアノ演奏家コース・エクセレンス3年、東京音楽大学付属高等学校卒業)

第16回チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門 第2位

 

現在大学3年に在学中の藤田真央さんが、第16回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で第2位を受賞。ピアノ部門での日本人受賞は上原彩子さん(2002年優勝)に次ぐ17年ぶりです。

 

チャイコフスキー国際コンクールを受けたいと思ったのは半年くらい前です。僕はウラディミール・ホロヴィッツの大ファンで、彼と同じモスクワ音楽院の大ホールで演奏してみたいという夢があって、それがコンクールに応募した理由のひとつでした。大きな国際コンクールは、クララ・ハスキル国際ピアノコンクールに続いて2回目であり、ほかの参加者ほどコンクール慣れしていない状況の中での挑戦となりました。審査員はステージの目の前に座り、出場者を審査するので僕たちはすべてを見られている。閻魔さまの前で、天国か地獄か審判を受けているような心境でした。「これ以上のプレッシャーは今後ないのではないか」と思うレベルで、恐怖と言っても過言ではない状況でした。

 

幼少の頃からとんでもないレパートリーに取り組んできて、このコンクールはレパートリーという面では苦ではなかった。ただし、ロシア音楽。とくに正規ロマン派以降の音楽というのは不得意としていたので、そういった意味ではチャレンジでした。クララ・ハスキルでは古典を評価されたのは自信になっていて、課題曲ではモーツァルトやバッハがあったので、ロシアではどう評価されるのかなという好奇心がありました。

 

1次予選では緊張せずにのびのびと弾けたのはクララ・ハスキルでの経験が生きていたからだと思います。ロシアの奏者が弾いたときは拍手がすごかったのですが、僕は同じか同等以上の歓声をもらえて非常に光栄でした。2次予選では、ラフマニノフ、スクリャービンやプロコフィエフといったロシア作品を弾かなくてはならなかったので、スクリャービンのソナタとプロコフィエフのソナタ、その間にショパンを弾いたんですが、それが一番きつかったですね。でも、僕にとって経験という面で非常にプラスになりました。ショパンの静寂な音楽が響き渡った瞬間がなんとも心地よかった。4楽章が終わって拍手が起こって、すぐそのあとにプロコフィエフの7番を弾かなきゃならなかったのですが、拍手が鳴りやまなくてもう一回立ちました。そしたら、さらにわーと大きな拍手が。これ以上にない拍手をいただけて、これでだめでもいいというほど、お客さまの反応がうれしかったです。

 

ファイナルに残る7名の発表の瞬間はもう心臓が止まりかけました。演奏順に発表すると言われて、僕の後の人の名前が呼ばれた時は、落ちた、と思いました。そしたら最後に“MAO FUJITA”と呼ばれて。審査員の方がみなさん笑っていました。ジョークですけど、人が悪いですよね(笑)。地獄の底から這いあがってきたような心境でした。

 

▲写真提供 チャイコフスキー国際コンクール

 

練習室にオボーリンの肖像画と像があって、オボーリンというのは野島先生の先生で、肖像画を見たときに「稔の弟子です」と言って拝みました。

 

ファイナルでは、指がおかしくなって、爪の肉と指の間がはがれて血だらけになってしまいました。それでも弾かなきゃいけなくてなんとか弾き切りました。チャイコフスキーのあとすぐにラフマニノフの3番でした。コンチェルトを2曲続けて弾くのははじめてでした。相当忍耐力が必要でした。本当に疲れました。

 

外国からの参加者は同じホテルに宿泊していて、ファイナルに至るまで、和気あいあいとした雰囲気の中で互いの演奏を配信で聴いていました。コンクールに参加する精神的なつらさを共感できるので、あそこまでいくと「皆が1位をとれたらいいね」と思いました。奏者としても人間としても本当にすばらしい方ばかりでした。コンクール挑戦をとおして、人としての生き方など、演奏以外にもたくさんのことを学びました。

 

外国人の奏者と比較すると、体格の差が歴然なので、重みやテクニックの面でかなわない部分がたくさんあります。僕の長所は、響きの美しさであったり音の一つひとつの積み重ねであったり。自分に勝負できることは、そういう繊細さを磨くことでしたので、それを評価していただけたのはうれしいです。

 

繊細さ、一音一音を大切にするというのは大学入学後に野島先生から教えていただいたことです。それはもう今の財産になっています。また、「藤田くんは演奏の楽しさを聴衆に直接伝えられる稀な奏者だ」とも言われました。僕は常に自分自身が演奏を楽しみながら、お客さまのために音楽のすばらしさを伝えたい。そのために演奏の際には感情が先走らないようにいつも心がけています。音が追いつかないことのないように自分を自分の監督下に置き、手綱を引きつつ、冷静に判断する。その中でいかに楽しむかを考えるようにしています。ちょっと難しい話ですが、どんなに速いパッセージでも、アグレッシブなところでも、いかに冷静に判断するか、それで楽しむか。その兼ね合いが難しいなと感じます。

 

野島先生には2位でよかったね、1位じゃなくてよかったねと言われました。僕はまだ20歳で若いのでまだまだ成長できる兆しがある。それはいろんな方に言われました。自分で音楽を作っていかなければいけない。それには足りないものが多すぎます。勉強するという意味で2位でよかったと思います。帰国後すぐに野島先生のレッスンに行きましたが、やっぱりかなわないんです。一生かかってもかなわないかもしれないと思いました。解釈の面、アプローチの仕方ひとつにしてもそう。音楽的な面だけでなく全部です。一匹の蟻んこが恐竜に立ち向かうようなもので、本当に尊敬しています。

 

入賞に伴い、ロシアやヨーロッパなどでの入賞者演奏ツアーがはじまります。今までと同じように一つひとつの演奏会を大切にしていきたいです。野島先生から、人々の記憶に残る演奏家になりなさいと言われました。そうなれるようにがんばっていきたいと思います。

 


▲写真提供 チャイコフスキー国際コンクール

 
(広報課)