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【コンクール受賞者インタビューシリーズ】第5回 吉田一貴さん

吉田 一貴さん

(声楽演奏家コース2016年大学卒業、2018年大学院修了 呉港高等学校卒業)

第88回日本音楽コンクール声楽部門 第3位

日本トスティ歌曲コンクール2019 第2位

 

「恩師たちから受けた伝統というバトンを、後輩たちに引き継ぐ歌い手に」

 

 

今回、日本音楽コンクールで第3位という結果をいただけて、うれしい反面悔しい気持ちもあります。
中学生から吹奏楽部に所属して吹奏楽をやっていましたが、声楽をはじめたのは高校生の時。高校のブラスバンド部の顧問の先生に「君は声がいいから歌をやってみないか、歌は楽器につながるから」と言われてはじめました。当時はカラオケで歌う程度。ブラスバンド部は初心者が多く、工業高校でしたので卒業後は就職かなと考えていました。そんな時、顧問の先生に面談で、就職したら音楽に関わる機会もなくなってしまう、と背中を押されて、一念発起しました。
 

いざ音楽大学選びとなり、一番ピンと来た東京音楽大学の冬期講習会へ参加しました。そこで出会った菅野宏昭先生が、当時広島県呉市にも教えに来られていたことから、本格的な声楽の勉強をスタートしました。
ピアノを弾いたことがなく、ソルフェージュの経験もなかった僕にとって、受験までの道のりは苦労の連続でしたが努力のかいあって無事に声楽演奏家コースへ入学することができました。
 

大学4年間は発声を徹底的に勉強しました。菅野先生は優しくおだやかな先生で、いろいろな話を織り交ぜながら楽しくレッスンしていただいたことを覚えています。声楽演奏家コースには舞台基礎演技法の授業があり、第一線で活躍しているプロフェッショナルの先生方から多角的に指導していただける恵まれた環境でした。周りは幼いころから音楽をして来た方ばかり。同期には恵まれて、卒業後も演奏活動を一緒にするなど、つながりを大切にしています。大学の設備のよさもすばらしくて、脇目もふらずに必死に学んでいました。
大きな転機が訪れたのは大学院の時でした。大学4年の頃、もともと苦手意識があった高音部が突然うまく歌えなくなる悩みに襲われましたが、「東京音楽大学コンクール」で優勝しました。その副賞として大学院1年生の頃イタリアに短期留学したのです。そこで大学の先輩である後田翔平さんと発声を研究し、同じテノールとして有益なアドヴァイスをたくさんいただきました。後田さんとは今でも親交があり、学年は違いますがほんとうに親しくしています。
 

大学院を卒業してからも困難は続きました。実家が地方にあるので、東京で生活をするにはアルバイトをしなければなりません。引っ越しのアルバイトをしながら、仕事が忙しく、普通の生活への憧れもあり、音楽をやめようかと思ったこともあります。そんな中でも、周りの人たちから勧められて、今回「日本音楽コンクール」にチャレンジすることになりました。
人に言われて気が付きましたが、僕は本番や実践で多くのことを吸収するタイプだと思います。「日本音楽コンクール」と同時期に「日本トスティ歌曲コンクール」を受けました。台風が迫る中チャレンジし、第2位を受賞しました。トスティはテノールのための曲を多く書いた作曲家ですので、テノールとしての自分を認められたという自信がつきましたね。
「日本音楽コンクール」の本選。順位にこだわらず、とにかく音楽を楽しもう、曲のよさを聴いている方々へ伝えようと決めました。本選では考えすぎてしまったことが裏目に出た反省もありましたが、課題となった高音部も目立ったミスなく歌うことができ、第3位という結果をいただきました。
思えば「日本トスティ歌曲コンクール」を受けるために、歌曲の勉強をしたのもプラスになったと思います。歌曲はオペラに比べて小さな世界観があります。音も高音より、中低音が多いので技術的な訓練にもなりました。歌曲で勉強した小さな物語の積み重ねから、オペラの壮大な世界観を歌うことができるようになったと感じます。
 

コンクールは終わりましたが、これからも勉強は生涯続きます。将来的には技術もそうですが、音楽の持つ物語やドラマを伝えることができる歌い手になりたいです。今世界ではアジアの歌い手がたくさん進出しています。僕は日本人の歌い手として留学し、世界で羽ばたきたいと思っています。
僕を育ててくれた恩師たちから受けた伝統というバトンを、後輩たちに引き継げるように、これからも精進していきたいです。

 
 
(広報課)