検索

よく検索される項目

安並貴史さん 「第14回シューベルト国際コンクール」ピアノ部門で第1位受賞 スペシャルインタビュー

第14回シューベルト国際コンクール第1位受賞

安並貴史さん

2021年3月博士(音楽)取得

 
東京音楽大学大学院修士課程修了 東京音楽大学ピアノ演奏家コース卒業 静岡県立清水南高等学校卒業

 
― 第14回シューベルト国際コンクール第1位受賞おめでとうございます。コンクールの様子などはいかがでしたか?
 
ありがとうございます。このコンクールは、シューベルト国際コンクールなので、演奏技術はもちろんですが、課題の中には、シューベルトの後期のソナタをはじめ、歌曲をピアノ編曲されたものもあり、プログラムの演奏時間も長大で曲数が多く、総合的にシューベルトの音楽表現を評価されます。シューベルトの音楽には、「絶対的な孤独」に対する諦観やその慰めがあると言われていますが、私は日本人の心に近いものも、時折その優しい旋律の中に感じています。
また、ファイナルは、シューベルトが尊敬していたベートーヴェンのコンチェルトが課され、私は3番を演奏しました。錚々たるピアニストである審査員の先生方から評価をいただくことができ、とてもうれしかったのですが、特にドイツのリート歌手のインゲボルク・ダンツ先生から歌心と歌への理解、シューベルトの弱音の表現を高く評価していただけたことが自分の宝物になりました。
コンクールは、第14回が2020年に開催予定だったのですが、コロナ禍で延期になり、今年4年ぶりに開催されました。138人の応募者の中から、予備審査を通過した38人がドイツのドルトムントに赴き、1次予選、2次予選、3次予選、ファイナルまで9月24日から10日間の間に行われました。かなりハードなスケジュールでしたが、ホストファミリーの方に温かく迎え入れていただき、ポジティブな精神状態で臨むことができました。優勝した時には、ホストファミリーがとてもよろこんでくださって、入賞者演奏会にも来てくださいました。
 
― 予選、本選の演奏についてお聞かせください。
 
印象に残っているのは、3次予選のソナタの演奏中に突然停電になり、開場が真っ暗になったことです。客席がざわついているのがわかりました。演奏家は、たとえどんなことがあっても演奏を続けるものと教わっていたので、暗闇の中で演奏を続けました。演奏前は、「自分の音楽を信じて」という石井克典先生からの激励のメッセージを心の糧に、自分を励まして臨むことができました。石井先生には、大学、修士課程の6年間学び、一度社会に出てピアノを教えていましたが、やはり心を決めて博士課程に入り、現在に至るまで師事しています。先生からさまざまなアイディアやインスピレーションをいただき、自分の音楽をより豊かに創り上げることができたと思っています。優勝の報告ができて、本当にうれしいです。
 
― 博士後期課程に入ったきっかけを教えてください。
 
楽曲を演奏することや楽曲そのものを、文字や口頭など演奏以外の言葉による手段で伝えることは、芸術分野においても有効な手段であることを常々感じていました。
博士論文に取り組むことで、考えを言語化して音楽を違った角度から見つめてみようとシンプルに思ったこと、演奏を継続して磨き上げる実技レッスンが豊富にあったことが博士課程を受験した理由です。
 
― 博士後期課程での過ごし方、修了して変化したことはなんですか?
 
3年間論文作成と実技の鍛錬に励み、新しい発見がたくさんありましたが、最初の発見は音楽を言語化する難しさでした。現在はネット社会で言葉というものが溢れかえっており、自身も気軽に言葉を使っていますが、論説において一つひとつの言葉の重み、言葉の選択の難しさを日々感じながら過ごしました。
2018年の浜松国際ピアノコンクール入賞のおかげで演奏活動が飛躍的に増え演奏の準備が忙しくなる中、ある時ピアノ実技のレッスンで、音作りや音で伝える難しさとすばらしさをあらためて先生から話してもらったことがありました。この時、実際の演奏こそが音楽を伝える上で言葉とは比較にならない情報量が含まれていることを再認識しました。論文に取り組みながら演奏活動をした博士課程の3年間で、音楽では実際の演奏こそがやはり一番尊く大切なことだとあらためて気付けたことが最も重要な発見だったと思っています。
私は話すことが得意な方ではありませんが、音楽に対する考えを言語化する作業に取り組むうちにそれが自分自身の演奏の変化につながっていく感触を少しずつ得ることができました。
博士論文を書き終わった経験として、言葉を選択して決断するということは、演奏においての解釈と音色の選択を決断することと似ている、という両者の共通項を見出すことができました。
そこからあらためて思うことは、演奏するということは言葉を超え、言葉では伝えられない五感にも訴える計り知れない無限の情報量がそこにあるということです。言葉は非常に分かりやすいものであり重要なものであることも分かりましたが、同時に音楽における音に対する感覚も大きく磨かれました。
 

 
― 今後の予定と将来の目標を教えてください。
 
浜松国際ピアノコンクールに入賞後、多くの演奏会をいただいており、10月は6回のコンサートがあります。一つひとつを大切に演奏していきたいと思っています。
来年は、シューベルト国際コンクールの副賞として、ドイツで演奏会を行います。また、同じく副賞として、GWK RecordsからCDリリースが決まっていますので、ドイツでレコーディングを行う予定があり、楽しみにしています。
博士で学んだ言葉の力を含めたいろいろなツールでたくさんの人に音楽のすばらしさを伝え続けることが夢です。来年はヨーロッパでの演奏会があり、演奏活動の幅を日本だけでなく拡げてさまざまな文化やコミュニティと交流をもち続けたいと思います。
将来は、特に演奏のエキスパートを目指す後輩たちに自分の経験を伝えていきたいです。そのためにも当面は与えていただいたたくさんのステージを一つひとつ大切にしていきたいと思っています。