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【卒業生インタビューシリーズ~TCMの先輩たちの今】第15回 関根薫さん

 

関根 薫さん

 

音楽療法士
器楽専攻ピアノ 1988年大学卒業


音楽は、私たちの心と体に豊かな影響をもたらす不思議な力を持っています。その音楽の力を最大限に活用し、高齢者の認知機能や身体機能、心理面をサポートする仕事をしている音楽療法士、関根薫さんにお話を伺いました。東京音楽大学を卒業した後、音楽療法の世界で多くの成果を上げ、さらに「第2回日野原賞」を受賞した経歴を持つプロフェッショナルです。

 
 

― 現在活躍されているお仕事の内容を教えてください。

 

高齢者施設で音楽療法を実施しています。歌唱や、鈴・ハンドベルなどの小楽器を用いた活動を通じて、高齢者の認知機能や身体機能、心理面の維持・向上を目指した働きかけを行っています。また、介護予防に関する研究も行っています。

 

― 音楽療法に携われたきっかけはなんだったのでしょう?

 

大学卒業後にピアノとリトミックの指導をしていた際、脳性麻痺のお子さんにリトミックを指導する機会が訪れました。それまで障害を持つお子さんたちに音楽を通じて関わる経験がなく、戸惑いもありました。しかし、東京音楽大学には【科目等履修生】という、科目単位で履修することができる制度があります。そこで1年間「音楽療法」という科目を学ぶことにしました。その学びを通じて障害児の通所施設で臨床を行う機会に恵まれ、音楽療法に携わるようになりました。

 

▲神経学的音楽療法(NMT=Neurologic Music Therapy)の国際研修時の写真。NMTは、米コロラド州立大学教授Dr Thautらにより確立されたリハビリテーションシステムです。写真はタウト先生と。

 

- 学生時代に学ばれていたテーマとは異なる領域の世界ですが、どのように感じられましたか?

 

それまでは「音楽大学=クラシック音楽を学ぶ所」という認識でしたので、音楽療法とはなんぞや?という感じで、むしろ怪しげなものだと思っていました(笑)。しかし、音楽療法理論を学び、現場で実践していく中で、音楽による心身に与えるさまざまな作用を目の当たりにし、音楽の持つ大きな力を実感しました。もっと早く、学生時代から学んでおけばよかったと感じています。

 

- 本学を卒業後、どのようにして音楽療法を学び、音楽療法士の資格を取得されたのか教えてください。

 

現在は音楽療法学科のある大学や専門学校がありますので、そちらを卒業後、日本音楽療法学会の音楽療法士資格試験を受験し筆記試験・実技試験・面接を経て資格を取得しますが、私が資格を取得した2003年頃は、まだ音楽療法学科のある大学・専門学校がほとんどありませんでした。音楽療法には音楽の知識と技術の他、医療・福祉・心理学などの知識も必要です(厳密には、もっとさまざまな専門領域があります)。そのため、日本音楽療法学会が開催する講座で、各専門領域をもれなく学び、さらに現場での臨床経験(実習)を3年以上行い症例研究レポートを作成するという必須要件を満たし、ようやく資格試験を受験することができました。

 

― 音楽療法の世界を突き詰めて研究され、ついには⽇本のプライマリ・ケア領域のパイオニアである、⽇野原重明先⽣の業績を顕彰する「日野原賞」をご受賞されました。

 

いくつかの医学学会には以前より日野原賞が設けられていましたが、「日本音楽療法学会」でも創設と発展に貢献された故日野原重明初代理事長を顕彰する学術奨励賞として、2021年に日野原賞が創設されました。日野原先生の理念“keep on going”を継承し、音楽療法の発展に貢献する学術研究や臨床現場での継続的な活動を奨励し、その結果、日本の音楽療法が人々の健康維持・増進に貢献することを目的としています。論文部門・活動部門とあり、私は論文部門で受賞いたしました。

 

― 受賞された論文「高齢者への音楽を用いた二重課題による介護予防効果の検討」は、どのような内容なのでしょうか?

 

高齢者の脳を鍛えて認知機能の低下を防ぐ「脳トレ」がありますが、その中の一つに、近年では「二重課題」または「デュアルタスク・マルチタスク」という取り組みがあります。たとえば国立長寿医療研究センターで開発された「コグニサイズ」は認知課題と運動を組み合わせた二重課題で、認知機能の低下を防ぐ効果が立証されています。長年、私が高齢者の現場で音楽療法を行っているなかでも、ただ楽しく歌を歌ったり、演奏や歌を聴いている時の参加者の様子と比較して、少し難しい手遊びをしながら歌ったり、簡単な規則を設けて身体を動かしながら歌ったり楽器の音を出したりするなどのように、音楽と関係ないことを行いながら歌唱や楽器演奏を行う時の様子に、「これはなにか脳に刺激が入っているのではないか?」という印象を持っていました。そこで、「音楽」と「認知課題」を組み合わせた「音楽二重課題」による効果を検証しました。数字や上下左右を判断する認知課題を歌いながら行う課題なのですが、65歳以上の高齢者に行い、認知機能・注意機能・精神面(鬱)・バランス機能に効果が見られました。

 

― 高齢者やサポートが必要な方々に、言葉を超えて届く音楽の力を感じます。今後さらに研究を続けていかれるのでしょうか?

 

高齢者の現場での臨床を続けながら、今回の研究で行った「音楽二重課題」のメソッドのような新しいアプローチを開発していきたいと考えています。また、それがエビデンスを得られるよう研究も行っていくことができれば、と。高齢者の健康維持やQOL向上に貢献できるよう、音楽療法の可能性を広げていきたいと思います。
先日、日野原賞受賞後に書いた論文が、日本認知症予防学会誌に採択されました。医師の方が多く入会されている学会です。これからも音楽と医療を結びつけるような取り組みを行っていきたいと思います。

 

― 最後に、東京音大の後輩たちへメッセージをお願いします。

 

卒業後はさまざまな音楽の道に進むことと思います。その道のりの中で、学生時代に描いた夢とはちょっと離れてしまったり、壁にぶつかることもあるかもしれません。しかし、音楽はいつでも私たちの身の回りに存在し、何かしらの関わりを持っています。仕事や日々の生活の中で、ふとした時に“音楽の持つ力”を改めて実感することがあると思います。

 

私は卒業後にピアノ講師として夕方遅くまでレッスンを行っていましたが、結婚・出産をして時間に制限ができ、それまでのように多くの生徒さんにレッスンをすることができなくなりました。しかし、我が子がピアノの演奏に反応して身体を動かしている様子に興味を持ったことから比較的早い時間帯でレッスンのできるリトミックの指導も始めることになりました。その縁で脳性麻痺のお子さんと出会い音楽療法の道に進み、日々の臨床の中で音楽の持つ力を実感して研究を行うようになりました。人生、何がきかっけでどんな道が開けるのかわかりません。音楽の持つ力を感じるアンテナを立てて、「これは?」という何かを感じたら思い切って行動してみて下さい。それが、その時の仕事に活かせるかもしれませんし、別の新しい世界が開けるかもしれません。

 

 

(広報課)