2024.12.20
今年で創立100周年を迎え、有数の音楽院として知られる、イタリアの古都シエナに位置するキジアーナ音楽院。キジアーナ音楽院は世界の一流音楽家による32コースに及ぶ講習会と音楽祭を、毎年夏に開催しています。
キジアーナ音楽院のニコラ・サーニ芸術監督が昨秋に本学を表敬訪問した際に、ぜひ東京音楽大学の学生たちにも参加してほしいと熱烈な呼びかけをいただき、本学学生が積極的に参加できるよう学費の面でも便宜を図りたいと表明されました。今回はじめて本学から、18日間の夏期講習会に参加してきた、山本志奈さんに感想をお聞きしました。
山本 志奈 さん
(大学院修士課程器楽専攻弦楽器研究領域(ヴァイオリン)1年)
―キジアーナ音楽院の夏期講習会に参加しようと思ったきっかけを教えてください。
巨匠サルヴァトーレ・アッカルド先生に直接学べるチャンスだ!と思ったことがきっかけです。アッカルド先生は、長年第一線で活躍されている世界的なヴァイオリニスト。学内掲示板で情報を発見し、師事している先生にご相談したところ同じ門下の先輩も過去に受講されていたというお話を聞き、思い切って応募を決意。海外で素晴らしい音楽家と触れ合える場があることに胸を躍らせ、期待と緊張が交じり合う気持ちでした。また、この講習会では世界中から同世代の音楽家たちが集まるため、自分にとって大きな成長の場になるのではないかという期待感もありました。
―実際に参加されてみていかがでしたか?
とても楽しく素晴らしい体験でした!レッスンは意外とアットホームな雰囲気で先生はとても優しく、演奏における表現や楽譜の読み解き方、細かな技術まで丁寧にご教授いただきました。アッカルド先生のレッスンは進むペースが速く、どんどん「次は?」と聞かれて、バッハやパガニーニ、モーツァルト、その他にも色々な曲を見ていただきました。例えば、バッハは、各声部の弾き分け方やアーティキュレーション、ボウイングについて先生の考えを教えていただいたことでこれまでの奏法を見直すきっかけとなり、モーツァルトの作品においてもスラーやスタッカートの音の弾き方や装飾音の付け方など、新たな視点を得ることができました。パガニーニのカプリスは、テンポが揺れてもある程度拍子感のあるイントネーションで弾くというアドバイスなどをいただきました。改めて楽譜に書いてあることを表現する難しさや重要性を実感し、そして歌い方や表現についてもたくさんのアイデアをいただきながら教わることができ、とても楽しいレッスンでした。
また、他の方のレッスンを聴講することができ、夏期講習会に何度も参加されている生徒の方も数名いて、いろいろな発見がありました。普段人のレッスンを聴講する機会自体あまりないのでとても勉強になり、ミニコンサートでお互いの演奏を聴き合うことでの気づきもありました。
▲キジアーナ音楽院の練習室、教室。1枚目は練習室棟の中の練習室、2枚目は本館の中にある休日のみ練習室として使える部屋でした。
―すばらしいですね!イタリア・シエナという環境下で音楽を学ぶことで、日本とは異なる点などはあったのでしょうか?
滞在期間中にイタリア・シエナの教会や老人ホームで演奏する機会をいただきました。そこで特に印象的だったのが、イェネー・フバイ作曲「カルメンによる華麗な幻想曲」を演奏した時のこと。老人ホームでの演奏というと日本では童謡や有名なクラシック音楽、小品を弾くことが多いですが、この日はみんな曲の長さもしっかりあるようなクラシックの作品を弾いていました。よく聴いてくれている暖かい雰囲気や集中が客席から伝わり、曲の終わりには自然に拍手と歓声が湧き起こり、私自身もしあわせな気持ちに包まれました。イタリアの観客は、聴く姿勢もオープンで、音楽を「一緒に楽しもう!」という雰囲気を作り出してくれるような印象を受けました。日本だとクラシック音楽はどちらかというと特別な場所で聴かれるもの、という印象が強いですよね。でも、シエナの演奏会では観客との距離も近くて、「届いてるな」という実感があって。音楽がもっと日常の中に溶け込んでいるように感じたんです。また、やはりヨーロッパは建物の材質や構造が異なるため、音の響きも日本とは異なり、いつもと違った響きを練習のときから楽しむことができました。
また、夏期講習会の仕上げとしてマスタークラスごとに修了コンサートも開催されていました。世界中の素晴らしい音楽家が集まる中で演奏するのは緊張感もありましたが、同時に大きな刺激にもなりました。会場は学校の中にある石造りのとても美しいホールでした。音が豊かに響き渡るため、微細な音の変化がそのまま伝わる環境。日本とは異なる環境下での色々な体験を通しての達成感も大きく、聴衆からの温かい拍手が心に響いたことも感動的な思い出です。
▲ 修了コンサートでも演奏したホール。期間中はこちらでもさまざまな演奏会が催されていました。
―夏期講習会に参加していたほかの学生や先生との交流はいかがでしたか?
キジアーナ音楽院の夏期講習会は、さまざまな国から多様なバックグラウンドをもつ学生や音楽家が集まってきます。彼らとの交流を通して各国のキャリアの選択肢や進路に関する考え方の違いを学ぶことができ、自分の将来についての視野が大きく広がりました。たとえば、デンマークから来た同年代の学生はキャリアの選択肢としてオペラ歌劇場のオーケストラ団員になる道を選んでおり、アメリカから来た学生はDMA(=Doctor of Musical Arts 作曲・指揮・演奏分野における博士号)取得を目指しているなど。国や地域によって音楽家としてのキャリアの選択肢は多少異なるものの、国は違っても意外と皆似たようなことで悩んでいるんだなと感じました。こうした異文化の仲間と話し合うことで、自己理解を深めると同時に、自分も新しい道を模索する勇気が湧きました。
また、音楽院での練習だけでなく、よく街を散歩したりアッカルド先生に地元のレストランでのお食事会に招いていただいたり、「パリオ」というシエナの伝統的なお祭行事を観覧することができ、音楽以外の面でもたくさんの文化的な刺激を受けました!シエナという美しい街の中で、イタリアの伝統とあたたかさに触れることができ、リフレッシュしながら過ごせたことはとても素敵な思い出です。
▲ シエナ歴史地区の中心部にあるカンポ広場と、年に2回のシエナの伝統行事パリオ(Palio)の様子。競馬の大会があり街全体が盛り上がっていました。
―ご苦労されたこともありましたか?
これまでにも海外へ合宿に行く体験をしたことはあったのですが、オーケストラの合宿プログラムだったため、団体ではなくひとりで参加したことは自分にとって非常に刺激的な体験となりました。飛行機の手配から現地での行動まで全部自分でやらなければならず、正直、初めてのことばかりで不安も大きかったです。特に、気候の変化や慣れない環境のためか、体調を崩してしまったときは本当に焦りました。片耳の調子を悪くしたのですが、そういう状況の中での修了コンサートも「とにかく楽しむしかない!」と腹をくくる経験ができたのは、自分にとって大きな成長だったと思います。結果的に、精神力が鍛えられたというか、少しのトラブルでは動じなくなった気がしています(笑)。
―刺激の多い留学となったのですね!本プログラムへの参加を検討している方に伝えたいメッセージをお願いします!
キジアーナ音楽院の夏期講習会は、単に音楽的な技術を深めるだけでなく、異文化に触れられ貴重な体験ができる場です。サポート体制も充実しており、現地のスタッフはイタリア語ができなくても英語で対応してくれますし、あたたかく接してくれるので、国外からの参加でも安心して学べます。さらに、シエナは「シエナ歴史地区」として世界遺産に登録されており町並みや地域文化も魅力的で、イタリア文化に触れながら充実した時間を過ごせるすばらしい機会。
また、学内での準備段階のことですが、私はTCMスタジオにオーディション用の録音をお願いしました。マイクの位置や音のバランス調整まで細かく対応してもらえたため、自分の演奏に集中できました。ぜひ、迷わずチャレンジしてみることをおすすめします!
(広報課)