検索

よく検索される項目

【在学生インタビューシリーズ】第5回 栗原翼さん

栗原翼さん

(指揮4年 東京音楽大学付属高等学校卒業)

~東京音大の指揮科は世界一~

 
 

■ 2019年度の芸術祭有志団体「導かれし管弦楽団」の指揮者として

 

芸術祭には「プレミアムオーケストラ」をはじめ、演奏団体が複数あったので、プレイヤーの学生は練習時間が思うように取れなくて大変でした。「ドラゴンクエストⅣ」のゲーム音楽11曲の70分間ノンストップ演奏です。楽譜を読むだけでも一苦労。普段はオーケストラの曲に慣れている学生たちですが、ゲーム音楽となると勝手が違う。作曲家が打ち込んだ電子音を実際に人間が演奏するのは本当に大変で、特に、弦楽器のパートは難しかったと思います。オーケストラがこなれてくるまで時間がかかり、リハーサルの時、大丈夫かな?と不安でした。
チェロ4年の荒木匠登さん(発起人)が楽譜の手配や楽器の手続きをやってくれたおかげで、僕は譜読みに集中することができました。今回は全員はじめての挑戦でした。奏者のみなさんは忙しいなか、一所懸命練習してくれました。

 

他のクラシック音楽と違って、全員が知っている曲というわけではないので、奏者のみなさんが音を出すタイミングを迷わないように指揮者として率先して伝えないといけません。楽譜の読み落としのないよう気をつけました。テンポの変わる箇所が多い曲は事故が発生しやすいので、テンポの変わり目を絶対にはずさないようにと、緊張の連続でした。無事に終わってよかった!というのが演奏直後の感想です。

 

演奏や曲のイメージを言葉ではなく指揮で伝えるには手の動きはもちろんですが、気持ちも大事です。いい音楽が流れ、みんなで思いを共有できた瞬間は手に音がついていると感じます。あの時は奏者のみんなも同じ方向に向いていると実感しました。奏者が100%気持ちよく楽しんで、パフォーマンスを最大限に引き出せるようにするのが指揮者としての僕の仕事。本番では、いい演奏ができたんじゃないかと思います。終わった時に、いい映画を見終わった時のような、ゲームの終盤を飾る恋人が甦った時のような感動を覚えました。

 


(第56回芸術祭有志団体「導かれし管弦楽団」) 

 
 

■ トロンボーン奏者を諦めて指揮の道へ

 

僕は付属高校ではトロンボーンを吹いていました。高校を卒業してオランダのアムステルダム音楽院に留学しましたが、2年目の秋、志半ばにして神経麻痺になってしまい、トロンボーンを吹けなくなりました。失意のうちに日本に戻ってきて、悩んだあげくやっぱり音楽を続けていきたいと思いました。指導教員に自分の思いを打ち明けたところ、声楽か指揮に挑戦してみては、とのアドヴァイスをいただきました。音痴なので歌は無理です。そこで、指揮の冬期受験講習会を受けて、ダメもとで受験しました。結果は合格。実力もなく、指揮台に立つ度にそんな器ではないと感じていますが、広上淳一先生に拾われたんだと思います。

 

広上先生は、話を聞けばその人となりがわかる方で、人の本質を見ています。ごまかしができない方です。「君は、自分のために指揮している、見栄ばっかり。作曲家の本質が見えていない」と先生に4年間言われ続けてきましたが、先日の卒業試験ではじめて、「やっと少し変わったな」と言われました。

 
 

■ 母の手術をきっかけに、音楽との向き合い方が変わった

 

実は、去年3月に母親が脳の手術をしました。生死の瀬戸際にある母を見て、音高、音大に入学させてくれて、留学までさせてくれたのに、自分は指揮者としてまだ結果をなにひとつ残せていない、なにも恩返しできていないと気付きました。それをきっかけに、必死に音楽と向き合えるようになりました。まだたどり着かない部分があるのですが、そこを先生が見てくださったのかなと。素直にうれしいです。

 

広上先生はいつも、「指揮は手の動かし方ではなく、人間力が大事。その人がどんなことを考えてどんな音楽を表現したいのか、どれだけ勉強してきたのか、本当にオーケストラを愛しているのか、それがそのまま手に移る」とおっしゃいます。心にあれば、手に反映されるということを、手を変え品を変え一所懸命教えようとしてくださっているのではないかと思います。

 
 

■ 東京音楽大学の指揮科は世界一

 

東京音楽大学には、自信をもって「入学してよかった」と言えます。楽器で挫折して何をやっていいかわからなかった時に、指揮者として音楽で生きていくためのチャンスをいただきました。東京音楽大学の指揮科は世界で一番充実している指揮科だと思います。毎週指揮台に立って振る機会に恵まれている、こんな指揮科はほかには存在しません。週3回のレッスンに加えて、指揮合同レッスン、さまざまな有志オーケストラ、イベントなど、年間で100日間は指揮を振っていることになります。これは普通ではありえないほどのことです。

 

田代俊文先生がよくおっしゃることですが、東京音楽大学の指揮科にはとてつもない経験の幅が用意されている、と。僕たちは、信じられないほどの経験値を積ませてもらって、卒業時点ではすでにオーケストラの指揮に慣れているんです。この環境をつくってくださったのは広上先生です。そして、お金や単位にならなくても機会があればオーケストラに積極的にのり、協力してくれる学生がこの学校に本当に多い。指揮者を育てるすばらしい環境だと思います。
特に、指揮合同レッスンでは、一流のプロのオーケストラのプレイヤーも一緒に弾いてくださります。そのオーケストラを指揮できるのはとても貴重で、こういうことができるのは東京音楽大学だけだと思います。僕たち指揮科にとって何よりの財産です。

 
 

■ 勝負はこれから

 

これまでは準備段階の準備段階でした。卒業してからが勝負だと思います。奏者にお返ししてあげられることがまだあまりありません。アマチュアの楽団の指揮をしながら、コンクールに挑戦して名前を知ってもらい、指揮者として生きていけるようにがんばっていきたいと思います。つらいことがこれからいろいろあると思います。それでも、僕は音楽が好き、音楽じゃなきゃダメなんです。

 

僕は「音楽をやると決めた時点で裕福な人生は送れない」と覚悟し、「自分と向き合うこと、人と向き合うことを避けてとおれない険しい道だ」と思っています。音楽をとおして全部わかっちゃうから取り繕っても仕方がないですよね。これから入学を目指すみなさんは、それでも音楽を愛していると感じられたら、ぜひ一緒に演奏しましょう。

 


(第56回芸術祭有志団体「導かれし管弦楽団」、本番を終えて) 

 
 
(広報課)